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西宮人vol .22 HARUO UESAWA

華やかで澄んだ音色を奏でる「フルート」は、ご存知の方も多いかと思います。「管楽器の華」と呼ばれるフルートは、オーケストラでは主旋律(メロディー)を担当することがほとんどです。

今回は、そのフルートを専門に修理する「リペアマイスター」の植澤晴夫さんにお話を伺いました。植澤さんの技術は世界で活躍する数多くのトッププレーヤーを支えています。

フルートとの出会い

筆者

植澤さんがフルートに出会ったのは、いつ頃ですか?

植澤さん

中学、高校と吹奏楽部でクラリネット、サクソフォーンを吹いたり、指揮者をしていました。
その頃から音楽に関わる仕事をしたいなと思っていたので、楽器の会社に入ったんです。
その会社でフルートの開発の担当になり、フルートを始めました。

筆者

そんなに色々な楽器を吹けるものなのですか?指使いとか、大変そうですね。

植澤さん

管楽器の運指(指使い)に、「ベーム式」と言うものがあります。もともとフルートのために開発されたものですが、クラリネットやサクソフォーンの運指も「ベーム式」が元になっているので、よく似ているんです。

筆者

ジャズのプレーヤーが、色々な楽器を持ち替えて演奏できるのは、そういうことだったのですね。

世界のトッププレーヤーとの出会い

筆者

海外で工房をお持ちだったそうですが、ヨーロッパでの生活は、長かったのですか?

植澤さん

「ヤマハ」で開発の仕事をした後、フルートメーカーの「ムラマツ」で修理技術者として働いていたのですが、スイスの会社にスカウトされて渡欧しました。
向こうには43年間いましたが、2020年の秋に日本に帰ってきました。
ただ、僕のお店はドイツに残っているので、夏の3ヶ月は向こうで仕事をしています。ヨーロッパにお客様がたくさんいますのでね。

筆者

二拠点での生活は、やはり大変ですか?

植澤さん

大変ですね。工具がたくさんあるので、荷物が多くなってしまいます。長い時間、飛行機に乗るのも結構大変だし。
でも行くのが楽しいので続けられますね。

筆者

最初の移住先はスイスとお聞きしましたが、どのような生活でしたか?

植澤さん

僕を呼んでくださったのは、スイスで最も有名な修理店なのですが、その店のお客様にジェームス・ゴールウェイがいたんです。
彼が「フルートを修理する専門の人がいなきゃダメだ。」と言って探してくれたそうなんです。
僕がスイスに着いた翌日には、彼が会いに来てくれました。「やっと来てくれた、とても嬉しい。」と言ってくれましたね。
驚くことに、当時のヨーロッパには、フルート専門の修理をする人がいなかったんです。日本もそうでしたが、修理をする人は、管楽器全部を修理していたんです。
そうなると、安価な楽器は修理できるけど、高価な楽器を扱う技術が無くて、修理できないんですね。

筆者

それは、どうしてですか?

植澤さん

比較的アバウトに製作された安価な楽器を扱ってきた人が、精密に作られた高価な楽器の修理をできずにいる、ということですね。
車でも同じと思いますが、安価な車と高級車とでは、扱い方がまるで違いますよね?
40年ほど前から、1000万円ほどするフルートを持つプロの奏者が増えてきたのですが、みんな「フルートを専門に修理できる人がいない。」と困っていたんです。なので、僕が日本から行くと、とても重宝されました。当時はそういう社会状況がありましたね。

『ジェームズ・ゴールウェイ』 ロンドン交響楽団、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団などで首席フルート奏者を務めた。その後、カラヤン率いるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のオーディションを受け、1969年から1975年まで首席フルート奏者を務めた世界で最も有名なフルート奏者の一人。エリザベス2世より大英帝国勲章を、2001年にはナイトの称号を授かっている。

筆者

日本でフルートの開発をされたり、フルートに特化した技術をお持ちだったからですね。

植澤さん

そうですね。ヨーロッパにもフルートメーカーがありましたが、少しレベルが低かったんです。
楽器メーカーは旧東ドイツにあり、戦争の影響で約80年、技術の革新がなされなかったんです。
その間に、日本とかアメリカは技術がどんどん向上して、ヨーロッパの技術を追い越してしまったんですよね。そういった背景もありました。

筆者

そして、独立されたのですね。

植澤さん

そうです。独立したのが1982年、約40年前ですね。
当時はフルート専門の修理をする人が誰もいなくて、ほとんど僕が独占でした。ヨーロッパ中からフルート吹きが来ましたね。

ドイツでの工房の様子

筆者

ホームページを拝見しましたが、名だたる方々が名を連ねておられますね。

植澤さん

あれはほんのちょっとですよ。本当にたくさんのフルート奏者が、飛行機でヨーロッパ中から来ましたね。
今、僕のシステムを採用されているフルート奏者は、ヨーロッパだけで500人ほどいますね。

筆者

ベルリン・フィルのエマニュエル・パユ氏も、その一人でしょうか?
「フルート界の貴公子」は、今や世界中のファンから「キング・オブ・フルート」と呼ばれていますね。

植澤さん

僕は、彼が20歳位から知っています。「キング」と呼ばれる年になったんですね。
彼の音は大きいでしょう?体をとても響かせるんです。楽器よりも体が振動しているので音がよく響くんです。
実際にそういう奏法があるのですが、これは勉強すればある程度誰でもできますよ。

筆者

管楽器はもちろん、楽器を演奏する者にとって、「よく響く音」は理想ですね。

植澤さん

そうですね。フルートは金、銀、木製のものがありますが、やはり、よく響くのは金のフルートですね。
楽器自体がとても軽いし、響きが良いんです。コンクールなどの舞台でも、金のフルートと銀のフルートの違いはすぐに分かりますよ。

Prof.Dieter- U.Schaaff氏。
ベルリン放送響首席フルート奏者、ワイマール音楽院教授

お客様の演奏会にはすべて出向く

筆者

ご自分がリペアされた楽器の演奏は聴きに行きますか?

植澤さん

店を始めた時に、僕のお客さんの演奏会は全部行くって決めました。なので、同じ日に4回、5回と演奏会に行ったこともありますよ。演奏会の「はしご」ですね、1曲だけ聴きに行きます。(笑)
基本的に演奏家は僕にチケットをくれるので、今でも行きます。

筆者

海外は、演奏会が多いですよね。
どんなお気持ちで聴いていますか?

植澤さん

やっぱり緊張しますね。どうしてか分からないですけど、同じ人の演奏を何回聴きにに行っても、緊張しますよ。でも、楽しみでもあるんです。そして本番後に、演奏家が僕のところに来て「どうだった?」って話をするのは面白いです。
こういうとき、僕は常に答えを用意しておきます。演奏家が何を聞いているかをはっきりさせて、どういう風に聞こえたかということを伝える。
すると、演奏家はとても面白がって、僕の話を聞いてくれます。
演奏の何を聴くか、どういう風に聴くかっていうのは訓練ですね。
一般の人は、ただ聞こえてくる音を漫然と聞いているでしょうけど、僕は音楽を聴いたり、聞こえてくる音を聴いたり、音程を聴いたり。彼の演奏を聴いていたり、指とか唇の動きに注意して聴いているので、きっと演奏家からしたら面白いと思うんです。

筆者

演奏家からしても、フルートを知り尽くしている植澤さんの感想は、一番信頼できるのでしょうね。

UPS(ウエサワ・パッディング・システム)で特許を取得

筆者

植澤さんの技術を引き継ぐ、「お弟子さん」はおられますか?

植澤さん

日本に弟子はいませんが、ドイツには「弟子」が何人かいます。
日本では、修理をしている専門家の人に教えたりしています。来るもの拒まずで、いつ来てもいいと言ってあります。
僕のやり方がとても興味深いということで、もう日本全国から修理する人が多分50人くらいここに来て勉強していますね。
素人の人には教えないのですが、リペアの専門家には教えます。多分、これから何年か先には、僕のパッディングの仕方が主流になっていくと思いますね。

「UPS(ウエサワ・パッディング・システム)」

フルートが本来持つパフォーマンスを引き出すには、「パッドがトーンホールをしっかりと塞げている」状態が⽋かせませんが、従来の⽅法では、⻑年の経験を詰んだリペアマンの努⼒と根気を持ってしても、パットに気密性を持たせることは簡単なことではありませんでした。
そこで「誰でも簡単に、安定したパッディングができる⽅法」をを⽬指して⽣まれたのが UPSです。パッティングの原理はとてもシンプルですが、パッドや必要な工具の材料、形状、構造など、⻑年の試⾏錯誤を繰り返した末に特許を取得し「UPSによる 作業の簡素化とパッドの安定性、そして楽器本来の響きと特性を最大限に引き出す」ことを実現しました。
現在は、国内外のプロ・アマを問わず、数多くのお客様がフルートのメンテナンスにUPSを選ばれており、数多くのメディアに取り上げられるなど注⽬されています。(HPより)

筆者

先ほどのお話にもありましたが、植澤さんの代名詞でもある、「ウエサワ・パッディング・システム」は、どのようにして開発されたのですか?

植澤さん

長い間、毎日毎日同じ仕事をしているのがとても退屈で、その退屈を何とか逃げ出すために良い方法がないかと思って開発したシステムです。
開発してから15年位になりますが、このシステムを使うと楽器がとても良くなります。ヨーロッパの人達は皆さん喜んでくださって、今、500人くらいやっているのかな。

筆者

そんなにたくさん、おられるのですね!
そのシステムを使うと、楽器の響きも変わりますか?

植澤さん

変わりますね。新しく高価な楽器を買って、すぐに僕のところに来て、全部僕のシステムに変えちゃったという人が何人もいます。
先日も、来日したドイツのプロオーケストラの演奏を聴いたのですが、フルート奏者の調子が悪そうで、「何かした?」って声をかけたんです。ドイツで30年来の僕のお客さんだった彼は、僕が修理した後に、よそでオーバーホールをしたそうで、「まったく鳴らない」と困っていましたね。夏にドイツに戻った時に再び僕が修理をしたら、本人はもちろん、周りから「楽器を替えた?とても良くなった!」と言われたと喜んでくれましたね。
だから修理って本当に大切なんです。こうやって演奏家とのコンタクトを取るのは、とても面白いですね。

筆者

奏者にとって、楽器は体の一部みたいなものですよね。
楽器の調子が悪いのか、自分の調子が悪いのか。思うように演奏が出来ないことは、奏者にとって一番ストレスになりますね。

植澤さん

演奏家は、テクニック的に出来ないことは自分のせいだと思っていて、練習すれば出来ると思っています。
でも、楽器を良い状態にすれば、練習しなくても簡単にできてしまう。そういうことがたくさんあります。
それを知ったら、簡単に修理は出せないですよね。誰でも良いわけでは無いんです。

音程が悪い、メカニックのバランスが悪い、楽器の音が詰まっている、発音が悪い、イントネーションが悪い。
そういうのはその人の吹き方や体格を見たり、楽器の状態を見て悪い箇所を判断して、直します。
僕の方からアプローチすることもたくさんありますよ。「こういう問題ないですか?」って。すると、「そうです、そうなんです!」と返ってきます。
僕の方から言わないと分からない人もたくさんいます。でも言えばやっぱりその通りで、直すと本当に喜ばれますね。
長いことやってるのでね、楽器を見ればたいていのことは分かりますよ。
…仕事の話ばかりになっちゃいますね。(笑)

筆者

とても興味深くて楽しいです。
ところで、海外と日本では、どちらが過ごしやすいですか?

植澤さん

海外生活が長かったので、頭の中の半分以上がまだドイツ、スイスなんです。
なので、まだ日本に慣れないところがあって、日本語が聞こえると振り向いたり、日本人女性を見ると「日本人女性だ!」って、びっくりしたりします。(笑)
言葉もそうですね。ドイツ語だったら簡単に話せるのに、日本語が出てこなくて、日本語でどう言うのかが分からないんです。
海外に40年以上もいたので、仕方がないことですけどね。日本にいても、外国人みたいなものですよ。
土地勘も無いので、大阪とかに出ると、あちこち迷ってしまいます。

植澤さん

文化の違いもありますね。クラシック音楽は、ヨーロッパが本場。いわば日本の民謡みたいなものなので、町や県、そういう自治体が保護して存続させるんです。だから、楽器修理の費用も、オーケストラが出しますね。そうすると、音楽家は安心して楽器を修理に出せます。
そして、ヨーロッパの人は、楽器を大切にするという気持ちがとても強い。日本人は10年、15年ケアせずに使っても気にしない人が多いように思えます。人間の体と同じで、楽器はケアしないといけないですよね。それだけまだ意識が低いのかもしれないですね。
日本のプロのオーケストラは30くらいと、そんなにたくさんあるわけではないですが…ドイツは200あります。その環境の違いが大きいです。音楽学校の数もまったく違いますしね。
ここ10年くらいは、海外に留学しない日本人も増えましたね。海外から有名な人が日本に来て教えてくれる機会もありますが、向こうに行かないと分からないことが、いっぱいあります。だから若い人には、どんどん海外に出てほしいですね。

ルツェルン(スイス)の美しい風景

筆者

秋田のご出身だそうですが、どうして西宮に工房を持たれたのですか?

植澤さん

奥さんが西宮出身なんです。西宮はとても良い町ですね。
こちらで工房を探し始めた時、他を探すことも無く、1軒目でこちらが見つかりました。すごい偶然ですよね。

筆者

植澤さんのことを知るフルート奏者は全国にいらっしゃると思いますが、あちこちからお客様が来られますか?

植澤さん

有名な日本人のフルート奏者も、東京から来られますね。宣伝してくれる方がいらっしゃって、その方のおかげで、お客様がたくさん来られます。

筆者

今まで、たくさんの出会いがあったと思いますが、お仕事をされていて、心に残る出来事を教えてください。

植澤さん

特別に何かと言われると…何でしょうね。
幸せなことに、日本人から見ると羨むような、雲の上の人たちと日常的に仕事をしていたのでね。
僕が修理した人からお褒めの言葉をいただいて、お客様がとても幸せな顔をすると嬉しいですね。
それはもう毎日のようにですね。「楽器が本当に良くなった!」と喜んでくださることが、一番嬉しいですね。

筆者

毎日が「特別な日」だったのですね。
今後、どのような事をやってみたいですか?

植澤さん

僕はこの仕事が好きで、音楽も好きだし、音楽家とのコンタクトもうまくいっています。ヨーロッパにもまだ足をつっこんでいるので、特別には無いですね。しいて言えば、仕事はゆったりとするようにして、旅行をしたいですね。
日本の旅行はほとんどしていないので、九州や沖縄、四国、北海道などを巡って、温泉にも行きたいですね。
ヨーロッパは夏にバカンスがあるので、ほとんど全部行きましたね。その中でも、一番訪れたのはスペインです。
スペインは人柄も国民性もいいし、美味しいし、天気も良くて、とても美しい国です。
僕は毎年、2週間から3週間ほどホテルを借りて、毎日、日光浴をしたり散歩をしたりしています。夏は、そういう生活ですね。
2週間いると、その街のことがわかってきます。ヨーロッパの都市は、歴史が古いから飽きない。いくら歩き回っても、美術館とか博物館がたくさんあります。日本は、そういう点では少ないように感じます。

植澤さんからのメッセージ

筆者

最後になりましたが、今、自分の進路や将来に悩んでいる、そんな若い世代にメッセージをお願いできますか?

植澤さん

若い時は、自分が何をしたいのか、自分が将来どうなるのか、そういうのが分からないと思うんですよね。進路とか、みんな悩むと思うんです。20代でも、迷っている方は多いと思います。
僕の場合はたまたま、高校生の頃から、「やりたい事」を分かっていましたけど、若い人は分からなくても良いと思うんです。
分からなくてもいいから、まず、とりあえず何でもやってみる。一所懸命にやってみる。
色んなことにチャレンジしてみて、30歳ぐらいまでに「自分はこれをやりたいんだ。」っていうことが分かればラッキーですし、まだ分からなくても良いと思います。
やってみて、気に入らなければ別のことを探す。そういう人生で、僕はまったく構わないと思います。
幸せでありさえすれば、人生の目的として、何かしなきゃいけないということは無いんです。
素敵な人を見つけて、幸せな家庭を作る。これだけでも立派なことだと思います。
だから、将来こういう会社に入って、こういう仕事をして…っていうのは、別に決めなくても良いし、そういう悩みは持たなくても良いと思います。
若い人が悩んでいる姿を見ると、かわいそうに思います。親とか周りから言われても、何をしたら良いのか分からない。分からないのは当然のことです。

筆者

音楽の分野でも、同じでしょうか?

植澤さん

音楽に関してもそうですが、音楽をやっていれば、たとえ音楽の仕事をしなくても、将来絶対に役に立つと思います。
例えばどこかで会社に入ったとしても、自分が楽器を演奏できることは、役に立つと思います。
演奏する機会もあるでしょうし、それでみんなが感動してくださったら、これほど素晴らしいことはないですよね。

筆者

悩んで悩んで、何かを見つけたら挑戦してみることが大事ですね。
そのことが、将来、色々なことに繋がっていくんですね。ありがとうございました。

取材を終えて

インタビュー中、植澤さんは、常に私に目線を合わせてお話してくださいました。穏やかで優しく、とても丁寧に。修理を依頼に来られたフルート奏者にも、きっとこのように接しておられるのでしょうね。奏者は、植澤さんの手によって修理されたフルートを持ち、大きな安心感と共に舞台に臨んでいるのだと思います。ありがとうございました。

INFORMATION

ムジーク・アトリエ ウエサワ

この記事を書いた人

ナカムラヨシミ

ライター

宮っこ歴15年程。 人と話すのが好きで、取材・インタビューを中心とした記事を書いています。 私の記事が皆さんの「何か」に出会えるきっかけになれば嬉しいです。

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