PEOPLE
2026.10.02 2026/09/28
ナカムラヨシミ
西宮人vol.24 Ayaka Kubota
プロフィール
久保田 彩佳(くぼた あやか)
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。卒業時、アカンサス賞、同声会賞受賞。
声楽を高丈二、佐々木典子の各氏に師事。
在学中にミュージカルサークル「藝大ミュージカルエクスプレス」を発足。
劇団四季にて、「ウェストサイド物語」「キャッツ」「美女と野獣」「オペラ座の怪人」などに出演。退団後は、朗読劇「石の庭」、ミュージカル「THE BOY FROM OZ」等に出演。女優、歌手として様々な舞台に立つ。なにわミュージカル主宰。学校法人誠華学園オペレッタ講師。武庫川女子大学非常勤講師。
みなさんは、ミュージカルはお好きですか?オーケストラの生演奏とともに、迫力ある歌声を身近で楽しめる舞台は素晴らしいですよね。歌は疲れた心を癒し、時には勇気づけてくれます。今回は、そんな時に聴きたくなる、素敵な声をお持ちの久保田彩佳(くぼたあやか)さんに、お話をお聞きしました。久保田さんは、「芸術界の東大」と呼ばれる東京藝術大学を卒業された後、世界的にも評価の高い「劇団四季」に入団されました。現在は、武庫川女子大学にて2026年に開講された、「声楽・ミュージカルコース」で講師もされています。
音楽との出会い
筆者
まずは、久保田さんが音楽に出会ったきっかけを教えてください。
久保田さん
幼い頃から、家ではポップスだけでなくクラシック音楽が流れていました。母がピアノを教えていたので、生徒さんのレッスンを聴いていましたし、いろいろな楽器にも触れる機会がありました。日曜日には父の所属する警察音楽隊の演奏会にも出向いていたので、「私も音楽家になるんだろうな。」と自然と思っていましたね。
筆者
いつ頃から、ミュージカルに興味をお持ちでしたか?
久保田さん
私が小学校の低学年の頃に、両親が『ミスサイゴン』を観に行ったんです。
この演目は、日本で初めてロングランされたもので、両親はとても感動して、サウンドトラックを買って帰ってきたんです。
サウンドトラックを聴きながら、父が舞台の説明をしてくれたので、私はパンフレットを眺めて、舞台を想像していました。楽しくて、いつの間にかほぼ全曲覚えて、歌えるようになっていました。
ミュージカルは、今まで知っていた楽器だけの曲と違うし、オペラとも違う。歌っている言葉が分かるんですね。
パンフレットで見た、みなさんの演技している顔が素敵で、「こういう舞台っていいな。」って思っていました。
筆者
それが、ミュージカルとの出会いだったんですね。
久保田さん
そうですね。その後、『回転木馬』という作品を観に行ったんです。
リチャード・ロジャース(作曲)とオスカー・ハマースタイン2世(脚本・作詞)の作品なんですが、この2人がミュージカルの基盤を作ったと言われてるんですね。
当時、小学生だった私は、そんなこと知らなかったけど、ダンスや歌のバランス、曲が入ってくるタイミングとか、夢のようなスペクタクル感がありました。その時に、「ああ、私はこっち行く。」と思っていたんです。あの時の舞台は、今も忘れはしないですね。
筆者
それから歌を始めたのですか?
久保田さん
いえ、しばらくはピアノを習い続け、家にあった楽器にも触れていました。
「こんなに歌が好きなのに、みんなどうやってあの世界に行くんだろう。」と思ったのが中学生の時ですね。私が進学した伊奈学園総合高等学校は、日本初の総合選択制の普通科高校でした。自分でカリキュラムを組むことができたので、めいっぱい音楽の授業を増やしたんです。 本格的に歌に出会ったのは、その頃ですね。イタリア歌曲を手探りで始め、必死に練習していたら、周りの先生方が「いい声持ってるし、歌心があるから本気で声楽家を目指してみたら?君だったら面白い線までいくんじゃないかな。」と、プッシュしてくれたんです。でも、当時の私はミュージカル以外に全く興味がなかったので、音大受験までは考えていませんでした。

筆者
それなのに、なぜ東京藝術大学に進まれたのですか?
久保田さん
高校の先生に「1回でもいいから東京藝術大学(以下、藝大⦅げいだい⦆)を受けてみたら?」 って言われたんです。
「落ちるに決まってる、落ちたら大学も行かないで演劇人生にするんだ。」って、開き直って受験したら、受かったんです(笑)。多分、その捨て身が良かったのか、まったく緊張しなかったんです。周りは緊張してブルブル震えてるのにね。
受験会場なのに、舞台に上がったときにはもう、楽しくて楽しくて。素晴らしい教授陣の前でコンサートをしているかのようでした。
筆者
そして、1度の受験で合格されたのですね。
久保田さん
そうです。藝大に合格したので、クラシックにまっしぐらになるかと思いきや、1年生でミュージカルサークルを立ち上げ、今に至る感じですね。ミュージカルの道をどんどん掴んでいった感じです。

藝大ミュージカルエクスプレス発足まで
筆者
サークル立ち上げのお話をお聞きしたかったんです。
0からのスタートは、やはり大変でしたか?
久保田さん
大変でしたね。大学1年生の時に「サークルを立ち上げたい。」と思い、まずは2年生の時に同好会で申請しました。当時の藝大ではクラシックが王道だったので、ミュージカルやポップスをやりたい子はウズウズしていた時代でした。とても才能がある子に「一緒にミュージカルやらない?」と声をかけても、「うちの先生がダメと言うから。」と断られましたね。そんな中、同期の飯田洋輔さんや、山田充人さんと一緒に「本気でミュージカルをやろう」と共に歩む仲間ができました。 落ちこぼれ集団と思われたくない一心で、(クラシックの)コンクールには入賞、卒業の時も上位の成績を収めてから、鼻高々にミュージカル界に入っていきました。私が卒業したと同時に、同好会から『ミュージカルエクスプレス』というサークルに変わりました。今では、このサークルに入りたくて、藝大を受験する子がいるんですよ。
筆者
本気でやっていることは、十分伝わったでしょうね。
さて、「同好会」は、どのような活動をされていましたか?
久保田さん
大学の中で公演したり、小学校などから「東京藝大の人に演奏してほしいけど、クラシックじゃなくて童謡とか、簡単なのがいいな。」みたいな依頼があると、私たちの活動を見ててくれた事務局の方が声をかけてくださり、外部公演もしていました。
自分たちで創作した脚本にミュージカルやオペラの曲を入れたり、日本歌曲を入れたストーリーを作品にして、公演をしていました。既にある作品を、オーケストラとコーラスを募り、コンサート形式での上演もしました。あの時の公演は、人前でミュージカル歌えるを喜びがあって、思い出深いですね。

筆者
いつ、劇団四季に入団されたのですか?
久保田さん
当時の劇団四季のオーディションには、藝大受験枠があったんです。藝大を出て劇団四季に入った人は、優秀な方が多かったのでね。入団するとすぐ、「オペラ座の怪人」や「美女と野獣」のハイトーン、ローボイスを支えるコーラスワークに振り分けられ、舞台に出ていました。
筆者
藝大で積み重ねた経験が大きかったのですね。
久保田さん
そうですね。やはり舞台で長く活動していける方々は、、演劇学校や音大の出身の方が多いのかと思います。しっかり勉強してきた構築があるので、安定した演技ができるんですね。きっちりとした基盤がないと、再現性が無かったり、演技に波があったりします。
まず、「大学に入るまでが一番伸びる」と言われているように、大学に入るまでが大変でした。受験の専門科目が多い上に、普通科の勉強もしないといけませんしね。
入学後も、藝大は他の大学に比べて、早いスピードで歌の課題が出されました。でも、みんな、どんどんこなしていくんです。合唱の授業なんて、楽譜を渡されてすぐに合唱が仕上がってしまうんです。そのような経験が仕事にも活かされました。
新たなチャレンジ
筆者
芸の幅を深めるために、どんなことをされていますか?
久保田さん
今日もそうですが、新しい人と出会うこと、人と交流することを、とても大切にしています。いろんな人の人生を知っていれば、その人たちを感じて歌うことができるんです。「私には歌だけだ!」と偏るのではなく、絵画を鑑賞したり、演奏会に出向いたり。出歩くことがとても多いですね。
仕事に関しても同じで、朗読劇やナレーション業、演出も、依頼があればほとんどチャレンジしています。
筆者
やはり、行動することが大事ですね。
久保田さん
移動した距離だけ、人は成長して大きく伸びると思っています。そのスイッチを、自ら湧き上げることができるのは、素晴らしいことです。その感覚で、「これを見たい。」とか、「これをやりたい。」と思ったら、何でも挑戦してみます。山に登りたいと思ったら登り、海に入りたいと思ったら入ってみるんです。
そして、次の目標はね、手話をやろうと思っているんです。ずっと音楽をやってきたのですが、「音が聞こえる」ことを前提にやってきたなって、ふと思った時があったんです。

筆者
手話ですか?耳が不自由な方にアプローチしていくのですね。想像がつかないです。
久保田さん
最近では、日本人で手話のミュージカル俳優もいるんですよ。曲に入るタイミングを、歌詞などを見て覚えて、手話で演じるんです。聴覚障害者の方も出られるコンクールがあったり、音楽の世界も少しずつ変わってきてはいますね。
目や耳の不自由な方にアプローチできる表現方法を、重箱の隅をつつくように極めることが、次のステージの勉強だと考えています。
筆者
そのような感覚は、つかめてきていますか?
久保田さん
どうなんでしょう。以前、熊野古道に行った時に、そこでお世話になった方々の前で、お礼を込めて歌ったんです。その時に、「今、吹いてる風や鳥の音を聞きながら歌ったら、もっと調和するのに。何も考えずに歌い出してる自分がいるな。」って、感じたんですよね。そういうものを感じて歌うほうが、圧倒的にお客さんは心地良いんです。空間を味方につけている人は、「うまく言葉にできないけど、上手」なんですよね。私もそれ以来、「この空間をどうやって私の色に変えるか。」を、常に考えています。

筆者
「うまく言えないけど、上手だな。」って思う時があります。何が他の人と違うのか分からないのですが、きっと心に刺さるんでしょうね。
久保田さん
そうなんです。戦うのではなく、空間と調和することを意識していくと、演出効果も最大に活用できるし、極論では何もなくても伝えたいことは伝わると思うんです。これは、商業ミュージカルから外れてから思うようになりましたね。
感覚としては、「今ちょっと空間を感じたな。みんなも感じてくれてるな。」と思う時が出てきましたね。次のステージは、耳が不自由な方に向けてですね。とても難しい言い方ですが、今までとは違う角度の演奏をしていこうと思っています。
人生のステージが変わることを恐れない
筆者
人生を変えたような言葉はありますか?
久保田さん
そういう言葉は、たくさんあります。転機のたびに、たくさんの言葉をいただきましたね。ただ、共通していることは、「今のステージを変えることを怖がらないように。」ということでした。ブロードウェイの舞台に立つ、親友の由水南さんからは「Sky is the limit(可能性は無限大である)」や「Let go, Let in(過去の執着やこだわりを捨て、新しい風を入れよう)」という言葉をもらったり、劇団四季の時代は、韓国人の先輩から「大きくてものすごく分厚い本を、よいしょってめくるようじゃないと人生は変わらない。ちょっと見てるくらいじゃ、めくれない。分厚い本だからね。このページだって決めて、バサッとめくる勢いがあると、人生はその時その時に変わっていくよ。」って言われたんです。それが良い悪いって考えず、まずページをめくるんですね。そうすれば、物語の登場人物が変わりますよね。人脈も変わるかもしれないけど、その縁を切るわけではなく、ありがとうの気持ちは持ちつつね。

筆者
新しいページをめくるには、パワーも必要ですね。でも、新しい場面には、新しい登場人物との出会いがあるのですね。
久保田さん
そして、ある人が言うのは、「風になびいてるリボンがあって、そのリボンが風になびいてるから絡むところがいくつかあって。絡んでる時はその人と一緒にやることがあるけれども、ずっと絡んでるわけじゃない。風が吹いたらまた離れて、次のリボンと絡んでいってるうちに、自分が長いリボンになったり、短いリボンになったりするから、その流れの中で人と関わっていくんだよ。」と言われましたね。「あ、リボン変わった?」とか、「今、本めくりたいんだな。」とか気づけるようになっていくと面白いのかなと思いますね。

久保田さんからのメッセージ
筆者
最後になりましたが、今、自分の将来や進路に迷っている若い世代にメッセージをお願いします。
久保田さん
20代に受けた傷は、傷じゃないと思うんです。その頃に転んだものって、長い人生から見ると擦り傷にもなっていないですよ。でも、みんな転ぶのが怖くて前に進まないように思えます。何の傷跡も残らないから、まずは歩きたいところをどんどん歩いてみてほしい。転んでも大丈夫だから、進んでごらんって思います。
若い頃の価値観と年取った時の価値観は全然違いますからね。みんなビクビクするんだよね。でもそんな本当に何てことない、傷跡も残らないですよ。
筆者
やりたい気持ちがあっても、なかなか踏み出せないんですよね。
久保田さん
そうですね。目の前の道を見ないで、だいぶ先だけを見てるから、「歩き方が分からない。」って言うんですけど、目の前に道がないのであれば道を作るところからだし、その道がどんなに不安定であったり、水の上だったとしても、渡らないとあっちに行けないのなら、「まず一歩、踏み出してみたら?」と思います。バッシャーンって水に落ちても、「あれ?水の中を歩けたわ。」ってなるんです。その水の中に何かあるかもしれない。だから、怪我してでもいいから進んでごらんって思います。
筆者
踏み出してみれば、何かが見えてくる。その一歩が大切ですね。
久保田さん
私の周りはみんな、何度も転んでますよ。でも、そこにいたいって思って、なんとか歩いてきて、まだ現役でやっているんです。
私もね、子育てしながら、子供と手をつないでグラグラの道を歩いていますよ。今は時代が変わってきて、女性に対してもサポートがあり、女性が社会進出できるようになってきてるのでね、どんな道でも歩んでみたらいいと思いますね。

筆者
みんな、何度も何度も転んで、今があるんですよね。落ち込むことがあったとしても、後になれば「良い経験だったな。」って思える時が来ますよね。ありがとうございました。
取材を終えて
久保田さんは、とても優しい声をお持ちです。インタビュー中も、何かのストーリーを聞いているかのようで、情景がどんどん浮かんできました。久保田さんは、先生に「芸術家は、螺旋階段を一生ぐるぐる上っている。」と言われたことがあるそうです。ずっと回っているうちに、気が付けば景色が変わっているんですね。上っている時は気づかなくても、少しず階段を上がれば、必ず新しい景色が見えてきますよね。私も、見上げる空が少しでも近くなるよう、一歩ずつ進んでいきたいです。









