PEOPLE
2023.10.20 2023/10/23
永井アコ
西宮人vol.16 MOTONORI UMEWAKA
西宮で活躍する方々を紹介する『西宮人』
第16回目の今回は、西宮市鳴尾にある「西宮能楽堂」にお邪魔し、「西宮能楽堂」創立者であり、そして一世紀以上代々続く能楽師として、日本全国、そして海外でもご活躍されている梅若基徳先生にお話を伺いました。
PROFILE
梅若 基徳 氏 プロフィール
室町時代より代々続く梅若家に生まれ、3歳で初舞台に立つ。
関西を中心に日本各地での公演に参加、またヨーロッパなど海外公演にも多数参加している。2014年ロサンゼルス公演では、アメリカのメイフラワー号の奇跡を題材にした新曲「五月花」を作成、演能して、「ロサンゼルス名誉市民」に認定される。
重要無形文化財総合指定保持者であり、
・一般社団法人 日本能楽会会員
・公益社団法人 能楽協会会員
・一般財団法人 日本伝統芸術文化財団 代表理事
を務め、2017年12月に兵庫県西宮市に「西宮能楽堂」を開館。
他の古典邦楽や現代演劇、様々な音楽とのコラボレーションも積極的に模索。高校、大学、教職員研修、市民大学などの幅広い年齢層の特別講義やワークショップも多数つとめ、未来の担い手や日本の伝統芸能・能楽の普及・振興にも力を注ぐ。
~知れば100倍面白くなる!能楽の奥深さ~
筆者
まずは、私も含め、能楽について「知っているつもり」でいながら、実は根本的な事や歴史、その奥深さを知らない人は多いと思うんです。改めて、能楽とは何か?を教えてください。
梅若さん
はい。
能とは、観阿弥世阿弥親子によって大成された、謡(うたい)と囃子(はやし)と舞で構成された歌舞劇です。
能の歴史は非常に古く、もともとは8世紀ごろ大陸より渡来した様々な文化や『散学』と呼ばれるパフォーマンスを始めとし、稲作で豊作を願う歌舞である『田楽』などが、能のルーツとなっています。
やがてそれがショートストーリーになり、徐々に形が固まっていき、そして室町時代に足利義満に見いだされた観阿弥世阿弥によって、『能』が完成したのです。
ストーリーは、古事記、日本書紀や平安王朝文学などを主題に展開します。
一方、狂言はセリフによる喜劇であり、庶民の生活にみられる様々な笑いや風刺を描き、この「能楽」という言葉は、「能」と「狂言」の総称です。
筆者
ということは…能は、狂言や歌舞伎より前からあったということですか?
能の歴史って、そんなに長かったんですね…!
梅若さん
そうです。人形浄瑠璃文楽や歌舞伎、さらに現代の舞踏や芸術文化にも大きな影響を与えてきた日本の代表的な伝統芸能と言えますね。
能を大成させた観阿弥世阿弥親子ですが、実は父親である観阿弥は、当時の英雄や面白い主人公を題材にした現代劇しかやっていなかったんです。
しかし息子の世阿弥は、この時代タブーであった源氏物語や平家物語などの「既に亡くなっている人物」を題材にした演劇も作ったんです。
筆者
えっ?どうして昔の物語を題材にすることはタブーだったんですか?
梅若さん
何故タブーだったかというと、宗教的に、死者の「怨霊」を皆恐れていたからなんです。
そこで世阿弥は、死者となった過去の人物を登場させることは、怨霊を蘇らせるのではなく、成仏させるのだという新たな概念を生み出したのです。
このおかげで、かつては一部の人しか学ぶことができなかった歴史や文学を、演劇を通して色んな人が知れるようになったんです。
能から、人々は文学・宗教・死生観などの知識を学んでいきました。徳川家康は「能」を「式楽」とし、武士に習わせることによって、徳川幕府が265年も長く続いたのは、能のお陰だという学者も少なくないんですよ。
~一期一会。”一発勝負”の能の舞台の楽しみ方~
筆者
すごい!面白い!!能という芸能は、一般の人々を楽しませるだけでなく、文学や歴史を学ぶ上で、とても大切なものだったんですね。
今のお話で、既に能を見る視点がガラリと変わりました!
他にももっと「実は能楽は、こうやって観ると面白いよ」という、初心者向けの能の楽しみ方を教えてもらえますか?
梅若さん
ご覧になられる演目のストーリーは、事前に知っておいた方が面白いですよね。
それを前提に、囃子、音楽、能面の動き、独特なすり足、そして衣装である装束。これらを観るだけでも、十分楽しんでいただけると思います。
筆者
西宮能楽堂では、様々なイベントや舞台が企画されていますが、梅若先生が全て企画されているのでしょうか?
また、日々どのような活動をされていますか?
梅若さん
はい。私が企画することが多いですが、色んな方から企画を持ち込んで頂いたり、アイデアを提案頂くこともよくあります。
ウィークデーは、趣味で能を習っておられる方のレッスンや、老若男女様々な方への体験講座、各地での講義などをしています。
メインである能の公演は、全国各地で行われていますが、他の演劇や興行のように数日間行われず、一演目一回限りなんです。毎回演目やメンバーが違うので、その都度公演に向けての稽古をしなければなりません。
筆者
えっ!能の公演って、一回限りなんですか?同じメンバーで同じ演目を何回もやるのが普通だと思っていました…。
梅若さん
いえいえ。能は一回限り、一期一会です。全員での稽古や、リハーサルもなしで公演するのもありますので、毎回一回勝負です。日々の稽古や鍛錬が全てです。
メンバーが変わるのは大変なことでもありますが、その分、一つのものに向かうための集中力はすさまじいですし、毎回囃子が替われば謡い方も変わり、その都度 違うエッセンスや刺激が入ってくるので、とても緊張感もあり面白いと思います。
筆者
まさに一期一会!出演者はもちろん、観客もその一瞬一瞬を大切に観ようという気持ちになりますね。
~先祖代々続く能楽師として…葛藤も通過点の1つ。「西宮能楽堂」への夢~
筆者
失礼な質問になってしまうかもしれませんが、600年以上、能楽師として代々伝わる梅若家にお生まれになり、おそらく物心ついた時から能に触れてこられたかと思いますが、
幼少期から大人になってく過程で、能楽師になるということはやはり「当然」であり、何か葛藤であるとか、そういったものはあったのでしょうか。
梅若さん
もちろんありました。幼い時から、本人の意思ではなく知らない間に能を始めていたのですから。
成長するにつれて、自分の能への想いや意思が出てきても、伝統芸能だから「自分の好きなように動く」ということもできない…。疑問やジレンマもありました。
20歳にもなると、周りは自由に進路を決め始めていて、私もこのまま生業として能をやっていくべきなのか?と悩み、「能をやめたい」と申し出たこともありました。しかし、その時全力で周りの方々に引き留められ、今は心の底から「引き留めてもらえて良かった」と本当に思っています。
自分との葛藤を乗り越えた後、どうやったらもっと能楽師として上達できるのか?を考えられるようになりましたね。
筆者
私には想像もつかない葛藤だったと思います…。一世紀以上、伝統芸能を守り続けてきた家系の方にお話を聞ける機会はなかなか無いので、本当に貴重なお話です。
では、この「西宮能楽堂」を創立した理由、過程を教えて頂けますか?
梅若さん
今まで、能楽の公演や何かを企画したりするのに、必ずどこかの能楽堂やホールを毎回借りる必要がありました。毎回会場探しをするのは大変ですし、制約もあるので、自分の劇場をいつか持ちたいとずっと考えており、夢でした。
資金的にも難しいことはわかっていましたが、考えているだけじゃ始まらない。
私の父は50歳で亡くなったのですが、私自身も50歳になった時に「これからは人生のおつりだ」と思い始め、まずは財団法人「日本芸術文化財団」をつくることから始めました。
そこから、多くの人からの協力を得て、西宮能楽堂の創立が実現したのです。
筆者
梅若先生はもともと神戸ご出身かと思いますが、西宮に決めた理由は何でしょうか?
梅若さん
西宮市にはずっと住んでいて、山・川・海と自然も豊かで交通の便も良く、大好きな街で、これからも住み続けたいと思っているので、やはり自分の住んでいる所でやってみたかったというのが一つですね。
また、西宮は文教住宅都市でありながら、専用の能楽堂がないことに違和感もありました。
この西宮に能楽堂を作って、私たち能楽師は勿論、他の古典芸能に限らず、様々なジャンルのプレイヤーやミュージシャンが表現するライブハウスのような場にしたいと強く思ったんです。
筆者
素敵ですね!きっと多くの人が、同じようなことを考えていたはず。先生の夢の実現に、色んな人が感銘を受けたと思います。
先生の思う「他には無い、西宮のいいところ」は何だと思いますか?
梅若さん
やはり、交通の便。車・電車・飛行機と、どこへ行くにも便利ということでしょうか。
そして、北を見れば山があり、南を見れば海があり…川もあり、自然のすべてを体感できるのも良いですよね、
そして最後に、西宮には廣田神社や西宮神社、歴史的な酒蔵があり、伝統的な歴史的な部分と、現代的な部分の両方があるのが素晴らしいですね。
筆者
同感です!本当に西宮は、古さと新しさの両方が存在する素敵な街ですよね。
先生の西宮でのご活躍は本当に大きな影響を西宮に与えていると思いますが、海外公演もたくさん行われていますよね。
海外で苦労されたエピソードなども教えてもらえますか?
梅若さん
海外で公演するには、やはり荷物が多いのが大変です。
そして、海外ではオペラの劇場で公演することが多いのですが、実はオペラ座って、後ろ側がよく見えるように、舞台に傾斜があるんですよ。だから、座っていても自然と体が傾くんですよね(笑)
他にも、土足厳禁なのに土足で舞台を歩かれたりと…色々あります。
また、能楽は、武術のように「動かない物から動きを見出す美しさ」を大切にしています。海外では一見退屈な動かないシーンは割愛すべきかと思いきや、「ヨーロッパの人は演劇を見慣れているからこそ、割愛せず全て見せて欲しい」と言われた時は驚きました。
~「伝えること」が仕事。西宮市を「観光都市」に。そして次世代につなげていきたい強い想い~
筆者
「日本の美」を、能楽を通して海外の方々に知って貰えるのは、すごく嬉しいですね!
この本当に美しい西宮能楽堂にも、たくさんの海外の方々に来てもらいたいです。
梅若さん
はい。その通りで、私はこれから西宮市が、大阪と神戸の間の通過点ではなく、インバウンドの方々が「あえて立ち寄りたい」と思える場所にしていきたいと思っています。
酒蔵や神社もあり、能も見られる観光都市として、世界中の人に感銘を与え、楽しんでもらえる街にすべく、西宮市をはじめ、観光庁や文化庁、兵庫県と協力し合いながら、色々努力しているところです。
西宮には、住みやすい街だけでなく、まだまだ観光都市として一皮むける余地があると思うので、皆を巻き込んでいきたいです。
筆者
本当にそうですよね!
西宮が、商業だけでなく、文化を知ることができる世界の観光都市として成長できるよう、私も出来ることをやっていきたいです。
私には小さい子どもがいるので、子どもと一緒に何か出来たら…と思いますが、西宮に住む子どもたちに何か期待することはありますか?
梅若さん
子ども達には、日本の良いところや伝統文化をたくさん体験して、世界中の人たちに「日本の文化にはこんなものもあるんだよ」と紹介できるレベルまで育って欲しいと望んでいます。
例えば、西宮能楽堂では夏休みこども教室なども行っているのですが、初めは能を見て、「能面こわい~!」と大騒ぎして笑うだけでもいいんです。
「能を見たことがある」という体験を持つ人と持たない人の違いがでてきてくれたら嬉しいですね。
今後、どんどんすそ野を拡げて、子どもが無料でいろいろな伝統芸能や文化を体験できるような場をつくっていきたいです。
我々の能楽師は役を演じて表現することも勿論大事ですが、「伝統を人に伝える」ことが一生の仕事だと考えています。
能という演劇を通して、日本文化を人に伝える、そして、日本文化を次世代につなげていきたい、そう思っています。
筆者
有難うございます!「伝えること」「つなげていくこと」日本文化を守り、そしてこれからももっと盛りあげていくために、本当に大切なことですよね。
必ず近いうちに、子どもを西宮能楽堂に連れてこようと思います♬
◆西宮能楽堂の子ども向けイベントはこちら◆
筆者も是非行ってみようと思う、今秋~冬の西宮能楽堂での小学生向けイベントが続々開催されます!
なんと、子どもは参加費無料なんですよ!
筆者
最後に!
梅若先生が西宮でオススメするお店があれば、教えてください☆
梅若さん
一番難しい質問ですね…!たくさんありますが、
和食なら「だしの店 つみ木」さん、白鷹白鷹禄水苑の「竹葉亭」さん、「白鷹クラシックス」さん、「立峰」さん、「中井」さん、「和香」さん。
お肉なら、「ラ・ペイザン」さん、焼き肉なら「大樹」さん、「牛萬」さん、
ワインなら、「ル・パラディ」さん、バーは「1/f」さん
あと焼き鳥なら、「わびさび」さん…などなど、挙げたらキリがありません!!(笑)
筆者
さすが!西宮グルメへの愛を感じます…!!
本日は有難うございました。能楽の奥深さを知れたこと、そして、西宮市が、日本文化を象徴する街として今後成長していくことができるポテンシャルの大きさを、梅若先生から教えて頂けました。
私たちニシマグも、これからもっともっと西宮を盛り上げるために頑張っていきます!
梅若さん
はい。
ニシマグさんには今後とも、新しいお店の情報や街の変化などの情報を伝えてもらいたいことはもちろんですが、
逆に西宮の変わらないものや歴史、色々な業種の「職人」や「技術者」などの情報や背景なども、今後伝えてもらえたら有難いです。
梅若先生、有難うございました!
今まで知ることの無かった能楽の奥深さ、美しさ、そして歴史の面白さを、1から知ることができました。
まずは皆さんも一度、西宮能楽堂に遊びに行ってみてください。
誰にでも分かりやすく、演目の解説も必ずしてもらえるので、初めての人でも楽しめること間違いなし。
能に限らず、落語を楽しめる寄席まで!
来春まで毎月観る機会があるのは、本当に有難いですね♬
日本人として誇りに思える舞台の美しさは、きっとあなたを日本伝統芸能の世界へ一気に連れて行ってくれるはず。
そして、”一期一会”の能を、体験し、周りの人々に、その体験を伝えていって欲しい…私自身も、その一員になっていきたいと思います。
INFORMATION
平林会館 西宮能楽堂
- 〒663-8184 兵庫県西宮市鳴尾3丁目6ー20
- 0798-48-5570
- 10時00分~17時00分
- 阪神「鳴尾・武庫川女子大前駅」下車、南へ徒歩5分.
- https://museum-462.business.site/