PEOPLE

西宮人vol.18 HIROTSUGU KIMURA


大海を走るヨット『ミランダ』<木村さんご提供写真>



「2023年10月22日、木村啓嗣さん(24)が、『ヨットによる単独無寄港・無補給世界一周』の達成のため新西宮ヨットハーバーを出航。231日間、5万2千キロに及ぶ航海を経て、2024年6月8日、紀伊水道のゴールラインを通過し、新西宮ヨットハーバーに見事帰港。24歳9カ月で、30年ぶりに日本最年少記録を更新」

というニュースを、西宮市民の皆さんはもちろん、日本全国の多くの人がニュースで目にしたのではないでしょうか。明るいニュースと、「最年少」という素晴らしい記録に、テレビの前で拍手を送ったのは、筆者だけではないはず。

今回、木村さんが成し遂げた「ヨットでの単独無寄港、無補給の世界一周」とは、

このプロジェクトでは、日本人史上5人目、且つ日本人最年少記録となるヨットでの単独無寄港無補給世界一周を目指します。これはどこの港にも寄らず食料や燃料の補給も一切行うことなく世界一周を成し遂げるということです。風の力だけで帆走し、必要な電気は太陽光、水力で発電するなど、自然エネルギーと共に、そして地球と共に成し遂げる挑戦

株式会社ハマダ「Go around Re-Earthプロジェクトページより」 
https://www.kkhamada.com/project/yacht/

という、これからの時代に我々が強く意識していくべき「地球と共に」という大切なテーマが掲げられた挑戦です。

想像のつかない過酷な航海を、24歳という若さで成し遂げた木村さん。

231日間という長い月日を経て、新西宮ヨットハーバーに帰ってきてからまだ数週間の『時の人』に、インタビューすることができました。



PROFILE

木村 啓嗣 氏 プロフィール

1999年8月26日生まれ。
大分県立別府翔青高等学校出身
実績:
愛媛国体15位(少年男子レーザーラジアル)
九州大会5位(男子シングルハンダー級)
大分県大会2位(男子シングルハンダー級)など

ヨットを愛し、海に愛された男。大きな夢を描き実行することに生きがいを感じ、一度は海上自衛隊へ入隊し潜水艦勤務も行うが、一度きりの人生本当にしたいことに悩んだ末、自ら導き出した答えへ突き進む。
株式会社ハマダ「Go around Re-Earthプロジェクトページ PROFILEより」 


筆者

今回は、世界一周から帰ってこられたばかりの中、「西宮人」のインタビューを受けてくださり、有難うございます!

まず、木村さんがヨットを始められたきっかけを教えてください。

木村さん

実は、もともとヨットには全然興味がありませんでした。

中学では「兄のおさがりが使えるからお金がかからない」という理由で軟式野球部に所属していたんですが、高校には硬式野球部しかなく、硬式を新たに始めるとなると初期費用がすごくかかってしまう。
とにかくお金をかけたくなかったんです。

体を動かすことが好きなので、何かお金のかからない他の運動部はないか?と色々さがした結果、意外にもヨット部が当てはまったんですよね。

筆者

え!ヨットって、お金がかかりそうなイメージですが…

木村さん

そうですよね。でも、通っていた大分県の高校のヨット部は県の「指定強化校」として指定されていたため、県から強化費が出ていたんです。

だから初期費用も部が全て部が払ってくれて、とにかくお金がかかりませんでした。さらに、ヨット部は当時から珍しく、県に1つや2つしかないので、頑張って続けていれば少なくとも九州大会には出場できて、インターハイなどにも出られて活躍しやすいのでは?と思って、入部を決めました。

実際、大分県の県大会で「最下位なのに3位入賞!」なんて結果もありました(笑)

筆者

まさか、「お金がかからないから」という何とも親孝行な理由がヨットを始めたきっかけだったとは、驚きです!
そして入部後、ヨットのどんな魅力が、木村さんをのめり込ませていったのでしょうか?

木村さん

スポーツって、ボールやラケットなど道具を使ったりするもの、乗馬など動物を使ったりするもの、色々ありますよね。

ヨットは、「道具と自然」の両方を使ったスポーツなんです。

自然を利用するから、すごく深みがある。
ルールもかなり厳密でルールブックもすごくぶ厚かったりするんですが、やればやるほど面白くなってきます。

エンジン音がなく、波切音だけが聴こえて…そんな中でヨットを進めていくと、時間が経つのが本当にあっという間。
ヨットに乗っている間は流れる時間が速くなる感覚です。

<木村さんご提供写真>

筆者

なるほど~!自然と融合したスポーツであるからこそ、夢中になられたんですね。

では、やっぱり読者が一番気になる、今回日本最年少記録を更新した「世界一周」についてお話を聞かせてください!

どこの港にも寄らず、食料も電力も補充しない…『無寄港・無補給』という条件で、どのようにして231日、船の上で過ごされたのか…。
初歩的なことから、教えて頂けますか?

木村さん

はい。まず、精神的なことからお話します。

231日間、無寄港・無補給でたった独りでヨットで世界一周を成功させるために肝となるのは、「食事、睡眠、排泄」をいかに「自分がしたいタイミングでする」かだと思います。

6ヵ月以上船の上で過ごすにあたり、「船でどうにか耐えている」というのではなく、「船で快適に住んでいる」という状態を作る必要があります。

まるで何もなかったかのように、寝て起きて食事して…その船でのサイクルに、意外と体は早く慣れていきます。

<木村さんご提供写真>

木村さん

しかし、体は慣れても精神面はなかなか慣れない。常に不安や恐怖を感じていました。

でも実は、ヨットでの世界一周は、ネガティブ思考でないと続けられないんですよね。

天候や海賊、船の故障など、入ってくる情報やトラブルにひとりで対応するためには、ネガティブ思考で最大限の準備と対策を練ることが大事なんです。

それでいて、ネガティブな思考を持ちつつも、不安や恐怖に打ち勝つ必要もあります。

<木村さんご提供写真>

筆者

想像のつかない過酷な環境で、ネガティブ思考でいながら、どのように木村さんは不安や恐怖に打ち勝って行ったんでしょうか?

木村さん

やれることを全てやったら、あとは考えるのをやめていました。「もうどうしようもないな」と、不安と恐怖を無視して、日常生活を過ごすようにしていました。

あと、精神を安定させるためにも、徹底して「全て逆算」して考えて過ごしました。

天候が数時間後に荒れそうなら、先に寝て先に食べておく。危険な兆候があったら進路を変える、など、逆算してあらゆることに対応するよう努めました。

筆者

「船での日常生活」ということですが、実際に食事、睡眠、トイレ、シャワーなどは、全て自然エネルギーのみを使って、どのようにされていたんですか?

木村さん

僕の乗っていたヨット「ミランダ」は、『地球をギュッと小さくしたような船』をイメージして作り上げたんです。

地球も、資源と食料には限りがある。それを船に見立てました。

電気は太陽光パネルと水力発電で、水は海水を真水に変える装置で、ネットの電場はスターリンクというイーロン・マスクが創立した会社が開発した衛星通信を使います。

相棒のヨット「ミランダ」の中を見せてくれる木村さん

筆者

世界一周中、船からインスタライブなどもされていましたよね!
スターリンクって、そんな大海原でも通じるものなんですか?

木村さん

はい、スターリンクのおかげで海でも高速のネット通信ができるようになりましたが、実は僕が1回目に世界一周チャレンジした2年前は、まだ使えなかったんですよね。

今回、衛星通信を使えるようになったのは、かなり影響が大きかったと思います。

ただ、電力の節約のために、ネットが使えるのも1日数回です。自動運転装置を使わず、自分で3時間ほど舵を取れば、1時間ぐらいネットを使う電力が余る…という感じですね。

でも1時間なんてあっという間で、時々外の様子を見にいったり…なんてしていたら、すぐ終わっちゃうんですけど(笑)

ホーン岬到達時<木村さんご提供写真>

筆者

すごい…まさに電力の「自給自足」ですね!そして、たった数年でそこまで進化した通信衛星のすごさにも驚きです。

Youtubeで、会社の方々のメッセージ付きのレトルト食品を食べている様子が映っていましたが、食事についても詳しく教えてください!

木村さん

基本的に、1日5食 食べる計算で、285日分、総重量1トン超えの食料を船に積んでいました。お湯を注ぐだけで食べられるレトルトの白米、パスタ、レトルトのおかずや、ジュースなどもあります。

でも、たったひとりの航海の中、食事をする時間ってやっぱりすごく楽しいんですよね。

そして何よりも、日々の消費エネルギーがすごいから、食べても食べても太らない、むしろ痩せていく一方なので、ついつい食べ過ぎてしまい、アフリカ大陸の最南端を超えた辺りで
「ヤバい、このままじゃおかずが足らなくなる」
ということに気付いたんです(笑)

そこから帰港30日前まで、おかずなしで白米とパスタだけを食べ続ける生活を続けました…。

木村さんが手にしているのはレトルト食材を温めるアルミ製の発熱剤

筆者

過酷な旅を炭水化物だけで…!!
でも、おかずの数すらも逆算して…ということは、新西宮ヨットハーバーに帰る日を決めていたということですか?

木村さん

はい。これ、誰も信じてくれなかったんですけど、帰港2ヵ月前に「絶対に2024年6月8日帰港、9日にセレモニーをする!」って決めたんですよね。

普通は、風で走るので到着予想はかなり難しいんですけど、今までの経験値をフル稼働して帰港日を決めました。

そして本当に6/8に帰ってくることができました。間に合わせるために、最終日は30時間ぐらい起き続けていましたが…。

筆者

すごい!まさに有言実行ですね。
他の人にはなかなか真似できないことだと思います。

ちなみになのですが、船で釣りをして、それを食事にする…というのは難しいんですか?

木村さん

・・・実は僕、海鮮が苦手なんです(笑)

筆者

まさかの!!(笑)
では、次に気になる、トイレやシャワー、あと洗濯はどうしていたのか?を教えてください。

木村さん

基本的に体を洗う時も、洗濯するときも、まず海水で洗ってから真水で流す、という方法で洗います。

でも洗濯も、しっかり海水を洗い流さないとすぐに服にカビが生えてしまうんです。気温の低い海にいることが多く、船内は常にカビとの闘いでした。

僕は寒がりなので、シャワーを浴びると余計に寒くなることもあり、航海中ほとんど体を洗うことはありませんでした。

船上でのシャワー<木村さんご提供写真>

筆者

睡眠についてはどうですか?まとまった睡眠時間は取れるのでしょうか。

木村さん

「ミランダ」は、風が変わったり、進路に何かぶつかる可能性のあるものが出たりと、色々な条件が揃うとアラームが鳴る設定になっていて、そのアラームが鳴らない限りは寝ていられる…という感じですね。

大体は15分~2時間の睡眠を、1日のうちに何度か取る生活でした。

それでも、やっぱり天候次第では怖くて全く寝られない時もありましたし、逆に凪が穏やかで8時間ぐらい寝れた!なんて時も、極わずかにありました。

筆者

ひとりだけだと、交代で眠る…ということができないですもんね。

でも、どうしてチームで世界一周するのではなく、「単独」世界一周しようと思ったんですか?

また、「単独」であることの魅力って何ですか?

木村さん

もともと今ある日本記録が「単独無寄港無補給世界一周」というものだったので、最年少記録をとるには、単独以外、選択肢は無かったというのがあります。


単独で乗ることの魅力は・・・「景色も何もかも独り占め」できることでしょうね。

食事だって、もしかしたらチームが数人いて、今回のように「おかずが足らない!」なんてことになったら、喧嘩になっていたかも(笑)

息をのむ美しさの太陽<木村さんご提供写真>

海を優雅に飛ぶ鳥<木村さんご提供写真>

木村さん

でも、夕焼けや朝焼け、月光や海の動物たちなど、美しい自然の景色を数え切れないほど見て、最初は「これを独り占めできるなんて!」と感動してたくさん写真に撮っていたんですが、だんだんそれにも慣れてくると、「誰かとこの感動を分かち合いたい」と強く思うようになりました。

独りで見ていても、飽きてくるし、面白くないんですよね。

だから次もし世界一周するなら、誰かと一緒に行きたいなと思っています。あと、やっぱりせっかく世界一周してるんだから、各国の港には寄りたいですね(笑)

筆者

木村さんは現在24歳。20代前半と言うと、大人になったばかりで、まだまだ人生への不安、そして日々の生活で孤独や恐怖を感じている同年代の方も多いと思います。

過酷な環境で、孤独、不安、恐怖に打ち勝ち、見事世界一周を成功させた木村さんから、
何か同年代の方はもちろん、全ての世代へ、不安や恐怖に打ち勝つためのアドバイスはありますか?

木村さん

まずは、「最後までやりきること」を大切にして欲しいなと思います。

短距離走のように一気に走り切るのではなく、マラソンのように、自分のペースで走り抜けること。途中で疲れて歩いてしまっても、休憩してまた走り始めればいい。

お金がなかろうが、ルックスが悪かろうが、勉強が苦手だろうが、まさに僕のように、自分にやり切る力さえあれば、成功できると思います。

木村さん

それでも、どうしてもメンタルが極限までマイナスになった時は、逃げればいいと思います。

よく「やまない雨はない」なんて言いますけど、そんなことは皆分かっていて、でも「”今”が辛くて仕方ないんだよ!」て思っちゃいますよね。そういう時は、もう一度戻ってくるために、早々に逃げるべきです。

僕が2022年に初めて単独無寄港無補給世界一周に挑んだ時、船の故障により、10日で帰ってきて失敗に終わったんですが、正直に言うと、あのまま航海を続けることもできたんです。

でも、人の力を借りず、自分の力で帰ることを決めた。
自力で帰ってくれば、きっとまたチャンスをもらえるからと思ったからです。

船から見えた美しい虹<木村さんご提供>

木村さん

とにかく自分がつぶれないために、「逃げる」という手を使って、また何度でもチャレンジすればいい。

「調子悪いかもしれないな」と思ったら、早めに手を打つのがいいと思います。

僕の世代って、すごく「コスパ」とか「タイパ」を重要視していて、見切りも早いと思うんです。
でも、何か成功させるためには、最後までやり切って欲しい、そう伝えたいです。

筆者

失敗を乗り越え、成功を成し遂げた木村さんだからこその、誰の言葉より心に響きます。


今回、『風の力だけで帆走し、必要な電気は太陽光、水力で発電するなど、自然エネルギーと共に、そして地球と共に成し遂げる挑戦』を成し遂げた木村さんですが、
私たち西宮市民が、環境のために日常的にできることって何かありますか?

木村さん

自然エネルギーって、すごく効率が悪いんです。

雨が降らないと、風が吹かないと、日が差さないと、水力も風力も太陽光発電もできないので、安定した供給というのを望めません。そのため、我々ができる範囲で、使用する電力を減らす必要があります

木村さん

でも、無理をして節電したり、我慢したりすると、絶対に反動がくるんです。

エコを気にし過ぎたせいでストレスになり、結局すぐにやめてしまう…というのはよくある話で、僕もやっぱり船から降りた直後は、思い切りお湯を使いたくなりましたしね(笑)

だから、長く続けるためにも、負担にならない・ストレスを感じない節約を、まずは始めていって欲しいですね。

筆者

おっしゃる通りですね。私も、「これなら続けられるな」と思う日々の節約を、色々な所で見つけていきたいと思います!

それでは最後に。もし、今後に向けての目標があれば、教えてください!

木村さん

まず今後の予定として、お世話になっている人に今回の報告をして、この経験を自分のものだけにせずに色々な人に伝えていきたいと思っています。

講演会や、ヨットのトレーニングなどの機会で、小学生や中学生に「自分で足を運んでみないと見えない風景がある」ということを伝えたいですね。

世界一周中、たくさんの写真を撮りましたが、写真に撮り切れていない綺麗な風景もたくさんあるんです。やっぱり「自分の足で・自分の目で」見て欲しい。

自分の人生を共有することで、ヨットだけでなく、様々なことにチャレンジするための参考にして欲しいですね。

木村さん

そして個人的には、「いつかヒマラヤ山脈に登ってみたい」という目標が、世界一周中に思い浮かびました。

まだまだ自分の知らない景色を見るために、好きなジャンルだけでなく、未知の世界にも飛び込んでみたいです。

知らないものを見たい、知りたい、やってみたい!という好奇心は、人間だけが持つ特技だと思うんです。

ずっと今いる快適な環境にいれば、リスクも危険もないし、好きな時に食事も睡眠もとれるし楽だけど、好奇心を持てるのは人間だけ。その特権を、最大限に活かして生きていきたいです。

筆者

ありがとうございます!
これからも様々なジャンルでの木村さんのご活躍を、楽しみにしています!




筆者からのどんな質問も、全て自らの言葉で、真摯に答えてくださった木村さん。

「ずっと独りだったから、帰ってきてからすごくお喋りになったんです(笑)」
と笑っていらっしゃいましたが、木村さんの口から語られるお話は、どれも未知の世界でありながらも、すごくリアルで、不思議と共感できて、そして何よりも『全くブレない 一つの芯』が常に存在していました。

自分の信じた道を、諦めずに突き進むということは、決して簡単ではありません。

それでも、まるでずっと前から知っている友人のように、屈託なく明るい笑顔で目の前で話してくれる24歳の青年の実直な言葉を聞けば、きっと次世代の子ども達も「私たちにもできるはず」と信じることができるだろう、そう強く感じました。

今後も、西宮市のヨットハーバーでのご活躍が大いに期待できる木村さんを、我々西宮市民はもちろん、日本全国民で、応援し続けていけたらと思います。



この記事を書いた人

永井アコ

ライター

愛する西宮と共に生きてウン十年。 美味しいモノと美味しいお酒を求めて日々新規開拓中です。 好きな食べ物は鴨鍋の〆のお蕎麦、 好きなお酒は白ワインと島美人。 明日行きたくなるお店情報やスポット記事をお届けします!

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