PEOPLE

西宮人vol.19 KAZUKO TACHIBANA

プロフィール

立花香寿子

観世流能楽師シテ方 (重要無形文化財総合認定)
7歳の頃から父の影響でお稽古を始める
立教女学院小学校~高等学校までを三鷹台の校舎で学ぶ
東京藝術大学 音楽学部 邦楽学科(能楽シテ方観世流専攻)に入学
在学中は宗家 観世清和師 ・ 故野村幻雪師 ・ 故藤波重満師 ・ 関根知孝師他に師事
入学と同時に 故 梅若吉之丞の内弟子となり2003年9月に観世宗家より準職分の許しを得て独立
2010年、能「道成寺」を初演
2013年11月 オーブ・池田賞受賞
2016年9月 重要無形文化財総合認定を受ける
西宮宮水ジュニア講師&五月山児童文化センター講師   
京都芸術大学非常勤講師

「お能」はミュージカル

皆さんは「お能」にどのようなイメージをお持ちですか?「難しそう」と思われる方が多いのではないでしょうか?特に若い世代の方には、なかなかピンとこないかと思います。

難しいイメージのある「お能」ですが、実は世界で最も長く続いている演劇で、同じ舞台で演じられる「狂言」と共に「能楽」として、2008年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。

「能楽」とは、能と狂言の総称で、能はミュージカル、狂言はコメディーです。音楽と動きが一体となり繊細な感情を表現する「お能」に対し、面白い掛け合いで笑いを誘う会話劇が狂言です。

今回は、関西を拠点に活躍する女性の能楽師、立花香寿子先生にお話を伺いました。

お能との出会い

筆者

まずは、先生がお能に出会われたきっかけを教えてください。

立花先生

父が「お能」のお稽古に通っていたんです。それまでにも父の発表会を見ていたと思いますが、小学校に上がる前に見た父の舞台に感銘を受けて、始めさせてもらいました。

筆者

プロになることを意識されたのは、いつ頃ですか?

立花先生

高校に入る手前です。お稽古を始めて8年くらいの頃ですね。
邦楽を専門で選べる大学が東京芸術大学だったんです。芸大には色んな能楽師の家の方が通っておられ、横のつながりも縦の繋がりも出来るから受けてみたらと、周りに勧められました。

筆者

大学では、どのように過ごしておられましたか?

立花先生

教養課程と芸術課程から単位が決められていて、その学科の間を縫いながら1年生から専門課程の勉強があるので、忙しかったです。
しかも、専攻する学生が全学年で6人ほどだったので、授業に出ていても前の人のお稽古が終わると呼ばれたりしていました。
能楽シテ方専攻は、謡(うたい)の型(かた)の稽古、四拍子(しびょうし)と言って、笛、小鼓、大鼓、太鼓の稽古があるので、毎日めまぐるしく、覚えての繰り返しでした。

筆者

友達と遊んだり、アルバイトする時間もなさそうですね。

立花先生

そうですね。その頃には書生(住み込みで勉強する)に入っていましたから、プロ扱いにはなるので、先生の生徒さんの発表会にお手伝いで出させていただくのがアルバイトみたいなものでした。
怒られながらも、先生のそばで生きた勉強をさせていただいていました。

筆者

先生の本番の姿を肌で感じながら勉強もできるなんて、理想的ですね。
お稽古を何度も受けるよりも、本番を一度踏む方が、かなりの勉強になると言いますよね。
ところで、先生は東京のご出身だそうですが、先生が関西に拠点を移されたのは、いつ頃ですか?

立花先生

大学4回生の時に、こちらに来たんです。実技の授業の時だけ東京に通っていました。
その頃はまだ、東京にいた時間の方が長いはずなのに、こちらに戻ると「帰ってきたな」という感覚があり、多分東京には戻れないなと思っていましたね。もちろん東京は便利で暮らしやすいのですが。
西宮には山があって、海があるでしょう?気の流れ、空気の流れがすごく好きですね。

舞台は生き物

工房円 瀬野雅樹氏撮影

筆者

オペラやミュージカルは本番まで長い日数をかけた練習、合わせ、リハーサルがありますが、お能の舞台に向けたお稽古は、どのような風にされているのですか?

立花先生

合わせ稽古は、特別な曲種の時は前もって2回ほどすることがありますが、普段の演目の場合は口合わせだけですることもありますし、前日辺りに1回だけです。
各業種それぞれプロなので、そこでなれ合いにならない緊張感が舞台に良い空間を作り出すと思います。

筆者

本番も一度限りだと聞いたことがあります。

立花先生

そうなんです。昔はお殿様の前で舞っていたので、それこそ失敗したら腹切り覚悟でやっていたんです。
そんな緊張感って毎日は続かないですよね。その緊張感を持続するためにも続けた公演はなかなか出来ないですね。

筆者

本当に命がけの舞台だったんですね。何とも言えない空気感、緊張感が流れていたでしょうね。続けて演じるなんて無理ですね。

筆者

さて、たくさんの舞台を踏まれてこられたと思いますが、舞台の怖さを感じることはありますか?

立花先生

あります。やはり舞台は生き物なので、申し合わせ(リハーサル)をしても、その時のお客様が入ってきた雰囲気とか、一緒にやる仲間たちの気持ちのもっていき方によって、舞台の色合いが変わってくるんです。
だから、いつも神経を細やかに、どんな風にも動けるように集中しないといけません。
自分で思っていたことと違うことが起こるのが当たり前なのが能の舞台の面白さなんです。
若いころは、そういうのにあたふたして、自分のことで精いっぱいになりましたけど、少しずつ視野が広く見えるようになると、
肩の力を抜きながら周りの感覚をもっと研ぎ澄まして舞台に立てるようになりましたね。
一所懸命になってしまうと周りが見えなくなってしまうから、ちょっと離れたところから演じている自分を見られるような。
そういう感覚でいられるようになったのは最近ですね。
 

筆者

場数を踏むと、色々なものが見えてくるんですね。

立花先生

若い時はね、不測の事態に対応できない怖さはありましたけど、今はそういうのも含め楽しめるようになってきましたね。
何が起こるか分からないのが舞台の面白さであり、怖さであります。そういうハプニングをどう消化していくかが面白いですね。

工房円 瀬野雅樹氏撮影

筆者

それでも緊張されることはありますか?

立花先生

舞台に出る前、待ってる時間は緊張していますよ。でも、出たら落ち着いちゃう。
待ってる時間に心を静めて落ち着かせて。だいたい舞台が先に進行していき、その後に主役が出て行きますから、舞台の音楽、唄を聞きながら自分の世界観を作っていきます。
幕があがるまではドキドキしているんですけど、幕が開いて出てしまえばもうなるようにしかならない。雰囲気に身を委ねることも大事だと思います。
年を重ねていくうちに、うまく流れに乗っかりながらも自分の流れを作っていけるようになってきたなと思っています。

筆者

良い緊張感が大事なんですね。
舞台に立つにあたって、視野を広めるためにどのような勉強をされましたか?

立花先生

若い頃はミュージカルや他の演劇、映画をたくさん観に行きました。
大学で習っていたお太鼓のお家元がね、「落語の『間(ま)』を勉強しなさい」って、よく寄席に連れていってくださったんです。
そういったお勉強の仕方もさせて頂きました。色んなものに触れてみるってことが大事ですね。
お能って、例えば死者や霊といったシビアで暗いテーマを扱うことが多いので、自分たちの普段の生活や思想が暗くなっちゃうと陰湿な舞台しかできなくなります。だから、180度反対のものを分かっているのが大切です。
暗い曲をする時は、その前はすごく明るい日々を送れるように、明るい話をするように心がけています。そうすると、出てきた時の対比が表現できるから、普段は明るくいないといけないよって先生に言われましたね。
時間があればなるべく、他の方のお流儀を見に行ったりもしましたね。

筆者

お稽古するだけでなく、違ったジャンルを知ることが大事なんですね。それが色んな面で繋がってくるのですね。
舞台に立つ役者として大切にされていることを教えてください。

立花先生

お能は、言葉が難しく思われてしまうので、とにかくはっきり聞こえるように、活舌よく謡う声や言葉が聞こえるように気をつけています。
良いものを良いコンディションで見せられる役者になっていかなきゃと思っています。
そうすれば、見てくださった方が感動を得てまた来てくださいますものね。
若い頃はやっぱり勢いとかキレはあるんですけど、謡(うたい)や言葉の表現力は年齢を重ねないと出てこないんですよね。
深みっていうのかな。そういうものが生きてる芸能になるんです。
心を打つような深みのある言葉や謡が発せられるようになったら良いなって思います。そのためには人生の経験を積まないと。
良いことも悪いことも含め、いろんなことをたくさん経験しながら歳を重ねていくのが、今は楽しみです。

筆者

色々なことを経験されてこそ、舞台に深みがにじみ出てくるのでしょうね。

子供たちに「生きた経験」を

筆者

ところで、お嬢さまがいらっしゃるとお聞きしましたが、出産後どのくらいでお仕事に復帰されましたか?

立花先生

出産の2か月前まで舞台に立っていました。その後も楽屋まで行ったりしていたので、実際にお休みに入ったのは出産直前だけでした。舞台のお仕事は1年、2年前から受けていたりするので、長いお休みに入るつもりもなかったですね。
能って、肌で五感で感じていく面があるので、あまり離れたくないのもあり、産後2か月で復帰しました。
お弟子さんのお稽古もすぐに再開し、謡いながら体を戻していきました。

筆者

役者であり母親でもある立花先生ですが、どうやってお仕事モードに切り替えるのでしょうか?

立花先生

家を出たら、もう切り替わりますね。楽屋に入って衣装や装束を着てしまえば完全に役者になっています。
役者って面白いもので、普段の生活の仕方とか生き様が舞台に延長線上として自然とにじみ出てきちゃうんです。
だから、家のなかでも、あくせくしたことをしないように、雑なことをしないように心がけています。
無理して自分を追い込んでしまって精神がマイナスになってしまうと、その先にある舞台に気持ちが向けられなくなります。
子育てもそうです。1人ではできないから、頼れるものには頼ります。
最初は舞台をやることに反対した両親ですが、やるとなってからは一番の理解者で、応援者なので「子供も預かるよ」と言ってくれました。
その代わりに私は良い舞台を踏みましょうと。それを子供が見てくれたら、やっぱり好きになってくれるし、親の背中をきちっとぶれないで見せてあげたいなと思っています。

筆者

まさに「親の背を見て子は育つ」ですね。
さて、先生は子供向けのお能教室にも力を入れておられますね。

立花先生

もともと「お能」は古いものでも難しいものでもないんです。
畑仕事が辛い時、「辛いわね」って言ってても終わらないから、じゃあ歌を歌いながら種を巻きましょうよって。
拍子取りながら音楽しながらやれば、みんなが楽しいでしょう?
みんなが生きるために協力するから、「疲れたね」っていうのも分かち合えるんです。
そういうことから始まったのが田楽で、お能の基本になるわけです。
辛い時も嬉しい時も歌を歌う。それがお能の原点なんです。
昔の人も今と変わらず、生きるために必死にもがいていてたわけだから、そういった知恵や生き様、心に響く生きた教科書かな。
人生論みたいな言葉や感覚を子供さんたちに知ってもらいたいんです。

立花先生

子供教室だと親御さんがついて来られるから、一緒に聞いていただきながら違った世代の感動を味わって欲しいと思っています。
子供の時に聞いたものが、中学生、高校生になって改めて聞くと、また感覚が違うんですよね。いつの時代にも、その心に響く言葉ってあるので。
昔は普通に触れた世界ですが、小さいお子さんには「こんな世界があるよ」って伝えたいので、そういった活動は続けていきたいと考えています。
勉強、勉強で頭ばっかりでは、人間って形成できないから。やっぱり、心も育ってほしいと思います。
子供達には、ゲームばっかりじゃなくて、色んな経験をして欲しい、生きた経験をたくさんして欲しいと思います。

筆者

「生きた経験」は本当に大切だと思います。子供は大人のように先入観がないから、すんなり「お能」にも入ることが出来るのでしょうね。実際に子供能楽教室の舞台を拝見しましたが、真剣に舞う姿がとても素敵でした。

工房円 瀬野雅樹氏撮影
工房円 瀬野雅樹氏撮影

筆者

ここまで、お能のお話をたくさんお聞きしましたが、
お能に興味はあっても、「難しそう…」と、なかなか踏み出せない方が多いと思うんです。
お能初心者に何かアドバイスをお願いします。

立花先生

最初から全部分かろうとしないで、能楽堂へいらしてください。
予習とか知識を入れずに能楽堂に来ていただいて、衣装でもお囃子(はやし)の音楽でも、何でも良いんです、
ご自分がその時にふっと気になったものに意識を持っていただいて、それを中心に映像として舞台を楽しんでいただけたら嬉しいです。
言葉はもう外国語と最初は思っていただいて、何の予備知識もなく、その雰囲気に触れていただきたいです。
お能の世界に、怖がらずに飛び込んで欲しいですね。取って食べませんから。(笑)

筆者

ついつい、予備知識を入れていかなきゃと構えてしまうのですが、そうじゃないんですね。だいぶハードルが下がりました。
お能は「祈りの芸術」だとよく聞きますが、先生はどのように捉えておられますか?

立花先生

命に対する向き合い方を演じているのがお能だと思うんです。それは食物、植物、人の命だったりします。
人それぞれ命の長さって違うけれども、生まれてから息絶えるって必ず決まっているじゃないですか。そのなかを、みんな抗い(あらがい)ながら生きた証を残そうとしていくものなんです。
宇宙スパンで考えたら人間の一生なんてちょっとですよね。その中で、みんな自分はこう生きたってことを証明しようっていう思いがあると思います。
だから、後悔せず前向きに力強く生きることを、今の人には大事にして欲しいな。
昔の人は、そういうことを分かっていたんです。今も昔も生きてることは変わらない、やってることも変わらない。昔の人は強かった。そんな生き様を、生き抜く姿を覗きに来てほしいなと思います。

筆者

昔と比べて便利になっているはずなのに、なぜか忙しい毎日を送っている方が多いと思います。
今こそ、一度立ち止まって、自分と向き合い自分を見つめ直す時間が必要なのだと思いました。
先生の思いを受けながら、お能の舞台を観に行きたいと思います。

先生からのメッセージ

筆者

最後になりましたが、今、自分の進路や将来に悩んでる方がたくさんおられると思います。 
そんな若い世代にメッセージをお願いできますか?

立花先生

夢をたくさん持って欲しいと思います。いっぱい色んな夢を持っていて良いと思うんです。そして諦めないでほしいです。
続けていけば、やっぱり時間がかかることがたくさんあります。世の中には理不尽なこともたくさんあるけれど、自分を大事にしながら、夢が叶ったら次の夢を持って、常に向上して欲しいですね。
つまずきもケガもしながら、みんな成長していって欲しいなと思います。転ばないことには起き上がれないんです。
多少の傷やケガは治ります。治ったら、今度はそうしないようにと思って注意するでしょう。
転んだ時に、「あそこの石につまずいたな、あそこに石があるから気をつけよう」って考えること、それも1+つの経験になります。
人生って、良いことばっかりじゃないからね。だから、逃げずにいて欲しいですね。それでも嫌な時は回り道したらいい。
人生は長いから、今日はここの道行きたくなくないなと思ったら、無理して行かなくていい。
回り道しながらでも、いろんな方向から夢に向かっていって欲しいですね。

筆者

その時は傷つき、落ち込むだろうけど、その経験があってこそ成長していくんですよね。

立花先生

そして、目線を広く持ってほしいと思います。物の見方って違うんですよね。
人がどう言ってもね、自分がやろうと思ったことは諦めずにいて欲しいですね。
私もそうでした。プロになりたいって言った時に周りは驚き、両親は大反対でしたからね。それでも「じゃあ、やってやろう!」って、夢を諦めませんでした。
すぐに諦めてしまうんじゃなくて、方向性を変えながら、自分でできることから始めて欲しいと思います。
そういう頑張りは捨てないで欲しいですね。報われない努力はないと思っています。

立花先生

あとは、感動するって大事だと思う。なんでもいい。日々感動。小さなことでもね。
ちょっとした景色を見ることができた時、夕焼けを見て感動するとか。
空を見上げる、広いもの、永遠のものを見るって凄く大事だと思うんです。
そういう気持ちを日々持って、向上していって欲しいなって思います。

筆者

その時は気づいてなかったりするのですが、今しか出来ないこと、今だから出来ることってありますよね。
先生のメッセージを受けて、自分の中に隠れた気持ちに気づき、上を見あげて進む勇気を持つ方が増えて欲しいです。
本日は、ありがとうございました。

取材を終えて

インタビューのなかで、立花先生から「10円玉ってどんな形?」と質問され、言葉に詰まってしまいました。頭では「丸」と思っていても、「どんな答えが正解?」と考えてしまい、すぐには口に出せませんでした。そんな私に、先生は「横から見れば長方形よ。丸形でも長方形でもお金には変わらないでしょう。物の見方って違うのよ。」と、にこやかに教えてくださいました。大人になると先入観やプライドが邪魔して素直にものを見たり話したり出来ないことがあります。
今回のインタビューで、私自身もそんな自分に改めて気づくことができました。ありがとうございました。 

この記事を書いた人

ナカムラヨシミ

ライター

宮っこ歴10年程。 人と話すのが好きで、取材・インタビューを中心とした記事を書いています。 私の記事が、皆さんの「何か」に出会えるきっかけになれば嬉しいです。

関連記事

PEOPLE

2024.08.03 Sat

西宮人vol.18 HIROTSUGU KIMURA

永井アコ

PEOPLE

2023.12.03 Sun

西宮人vol.17 TAIRA NAITO

Wow!(就労継続B型事業所)

PEOPLE

2023.10.20 Fri

西宮人vol.16 MOTONORI UMEWAKA

永井アコ

PEOPLE

2023.08.28 Mon

西宮人vol.15 HIDEMI TAKECHI

Wow!(就労継続B型事業所)